2016年06月28日
突然ですが車が変わります
突然ですが、次の車となるのはこれです。
勤め先の『様々な規定』が7月から変わることになり、急遽本日発注、明後日登録という、普通の人には考えられない車の買い方を強いられるこの業界…。

好きな車、欲しい車を選ぶのではなく、明後日登録できる車から選べという世界…。
そんな中から選んだのは アルト S 。CVT。5種類あるグレードの真ん中。
エアコンとリモコンキーとパワーウインドーの基本的な装備に加え、電動格納式ドアミラー、リヤシートヘッドレスト、リヤワイパー、スモークガラスは標準装備。
普通に乗るには不便はないけど、飾りっ気もないし、乗って楽しい感じもなさそう。
どうせ乗るなら ワークス とは言わないけど、ターボRS ぐらいは欲しかったな。

ここまで読んで『なんで~?!』って驚いたあなた、安心してください。エブリイワゴン は完全なプライベートカーとして大事に永く乗ります。
逆に デリカ の夢はまた遠ざかったですけど…。
勤め先の『様々な規定』が7月から変わることになり、急遽本日発注、明後日登録という、普通の人には考えられない車の買い方を強いられるこの業界…。

好きな車、欲しい車を選ぶのではなく、明後日登録できる車から選べという世界…。
そんな中から選んだのは アルト S 。CVT。5種類あるグレードの真ん中。
エアコンとリモコンキーとパワーウインドーの基本的な装備に加え、電動格納式ドアミラー、リヤシートヘッドレスト、リヤワイパー、スモークガラスは標準装備。
普通に乗るには不便はないけど、飾りっ気もないし、乗って楽しい感じもなさそう。
どうせ乗るなら ワークス とは言わないけど、ターボRS ぐらいは欲しかったな。

ここまで読んで『なんで~?!』って驚いたあなた、安心してください。エブリイワゴン は完全なプライベートカーとして大事に永く乗ります。
逆に デリカ の夢はまた遠ざかったですけど…。
2016年06月27日
とんでもなく腰が痛い
一昨日の夕方から持病の腰痛が再発。
土日で医者にも診てもらえず、昨日は丸1日中寝ることも座ることもできない痛みに襲われました。
今日は仕事を休んでやっと診察してもらい、理学療法(牽引と電気)で少しだけ回復しました。

月末の忙しい時期に、倒れているわけにはいかないので、せめて車を運転できるまで治ってくれないと。
もともと高校2年生の時に学校でギックリ腰になったのが始まり。筋筋膜(きんきんまく)性腰痛症というヘルニアとは違うこの腰痛、一生付き合わねばならないようです。
土日で医者にも診てもらえず、昨日は丸1日中寝ることも座ることもできない痛みに襲われました。
今日は仕事を休んでやっと診察してもらい、理学療法(牽引と電気)で少しだけ回復しました。

月末の忙しい時期に、倒れているわけにはいかないので、せめて車を運転できるまで治ってくれないと。
もともと高校2年生の時に学校でギックリ腰になったのが始まり。筋筋膜(きんきんまく)性腰痛症というヘルニアとは違うこの腰痛、一生付き合わねばならないようです。
Posted by アクアシルバー at
16:14
│病気 怪我 疾病の話題
2016年06月25日
桃
今年も大好きな桃のシーズン到来

小牧市の道端にある無人販売所で、5個300円でした。
まだ小振りで堅めで、香りも弱いです。
これからしばらく、小牧・春日井・豊田の桃の産地にある無人販売所を覗くのが楽しみ。

小牧市の道端にある無人販売所で、5個300円でした。
まだ小振りで堅めで、香りも弱いです。
これからしばらく、小牧・春日井・豊田の桃の産地にある無人販売所を覗くのが楽しみ。
2016年06月21日
2016年06月19日
父の日
長女と次女から父の日の贈り物が届きました。

名刺入れ、タオルハンカチ、そして手紙とイラスト。
遠く離れていても毎年忘れずにいてくれて、とても嬉しく思います。
ちょうど更新時期だった名刺入れ、何で知っていたのだろう…。
大事に使わせてもらおうと思います。

名刺入れ、タオルハンカチ、そして手紙とイラスト。
遠く離れていても毎年忘れずにいてくれて、とても嬉しく思います。
ちょうど更新時期だった名刺入れ、何で知っていたのだろう…。
大事に使わせてもらおうと思います。
2016年06月18日
古希ののお祝い
母が70歳ということで、古希のお祝いをしました。

木曽路のお祝い懐石料理。



この黒豆はホタルを模しています。









お店から父とワタシに 父の日プレート がありました。

ワタシから母へ。古希の紫色をイメージ。

妹から母へ。こだわりの逸品。


ここ数年、心身ともに完全ではない母。早く回復して、次のお祝いを目標に人生を愉しんで下さい。

木曽路のお祝い懐石料理。



この黒豆はホタルを模しています。









お店から父とワタシに 父の日プレート がありました。

ワタシから母へ。古希の紫色をイメージ。

妹から母へ。こだわりの逸品。


ここ数年、心身ともに完全ではない母。早く回復して、次のお祝いを目標に人生を愉しんで下さい。

2016年06月12日
四谷千枚田
高校時代の旧友と、新城(しんしろ)市の山間部にある 四谷千枚田 に行ってきました。

先ずは道中、足助にある 塩の道づれ屋 で早めの昼ごはん。
手打ちそばをつゆで食べる前に、足助塩をそばにまぶして食べてみてと勧められ、その通りに試してみると、そばそのものの味がよくわかりました。

足助から山間部の国道と県道を、サルに遭遇しながら走ること1時間。四谷千枚田に到着。

鞍掛山(883m)の麓から、小さな田んぼが段々畑のように広がっています。

急坂を嫌がる旧友を引っ張って、歩いて棚田を散策。

およそ400年ほど前に開墾され、ピーク時には約1300枚の棚田が広がっていましたが、現在は約400枚程度になっているそうです。

112年前には豪雨による山津波が発生し、民家や棚田も流され犠牲者も出たそうです。その後、しっかりとした石積みを行い、棚田を復活させたのだとか。


四谷千枚田は日本の棚田100選に入っています。

気の早いコスモス。

田んぼに沿った小道を登ってきました。

上から見下ろした棚田。

不規則な形と大きさの田んぼの集合体。晴れた日の夕暮れ時にも来てみたいものです。

田んぼの中には、大小様々な種類のオタマジャクシやタニシが無数に生息していて、サワガニの姿もチラホラ見えました。あと、水路にはイモリも!
夏の夜には棚田全体にキャンドルを灯すイベントもあるようで、その幻想的な風景を見てみたいものです。

先ずは道中、足助にある 塩の道づれ屋 で早めの昼ごはん。
手打ちそばをつゆで食べる前に、足助塩をそばにまぶして食べてみてと勧められ、その通りに試してみると、そばそのものの味がよくわかりました。

足助から山間部の国道と県道を、サルに遭遇しながら走ること1時間。四谷千枚田に到着。

鞍掛山(883m)の麓から、小さな田んぼが段々畑のように広がっています。

急坂を嫌がる旧友を引っ張って、歩いて棚田を散策。

およそ400年ほど前に開墾され、ピーク時には約1300枚の棚田が広がっていましたが、現在は約400枚程度になっているそうです。

112年前には豪雨による山津波が発生し、民家や棚田も流され犠牲者も出たそうです。その後、しっかりとした石積みを行い、棚田を復活させたのだとか。


四谷千枚田は日本の棚田100選に入っています。

気の早いコスモス。

田んぼに沿った小道を登ってきました。

上から見下ろした棚田。

不規則な形と大きさの田んぼの集合体。晴れた日の夕暮れ時にも来てみたいものです。

田んぼの中には、大小様々な種類のオタマジャクシやタニシが無数に生息していて、サワガニの姿もチラホラ見えました。あと、水路にはイモリも!
夏の夜には棚田全体にキャンドルを灯すイベントもあるようで、その幻想的な風景を見てみたいものです。
2016年06月11日
日本自動車博物館
先日、石川県小松市にある 日本自動車博物館 に行ってきました。

東海北陸道を走り、ひるがの高原SAで ケイちゃんそば の昼食。


小矢部から北陸道に入り、日本自動車博物館 に到着。

3階建てのこの博物館、約12000㎡に約500台の車両が展示されているそうです。あまりに数が多いので、ややギュウギュウ詰めの印象。















その中でも、ワタシが興味を抱いたネオクラシックな日本車をいくつかご紹介。
といいつつ、最初に旧東ドイツの トラバント を。1990年頃まで生産されていたはず。段ボール自動車と言われるけど、本当はFRPらしい。

では始めます。一番のお気に入り、初代トヨタセリカXX(1978年)。ワタシが幼少の頃、父が乗っていたクルマです。色々な思い出が蘇ります。



三菱ギャランΛ(1979年)。確かナメクジのような1本スポークのステアリングだったはず。

トヨタクレスタ(1980年)。山崎努さんのCMが渋かった。

日産ブルーバード(1980年)。赤いSSSターボのプラモデルを作ったなぁ。

日産ブルーバードマキシマ(1987年)。V6ターボの速いセダン。高校の同級生が当時絶賛していました。

日産レパード(1985年)。1800~3000までのワイドバリエーションがすぎて、コンセプトが曖昧になりパッとしなかった。確か加山雄三さんのCMだったはず。

トヨタソアラ(1981年)。このクルマから日本車の近代化が進みましたね。これは2800GTエクストラですが、アルミホイールが何故かエクストラ用ではない。
隣はトヨタスターレット(1982年)。最後の後輪駆動世代。ハッピーチョイス!CMが懐かしい。

トヨタスターレット(1988年)。電光石火のかっとびだ!のターボ車。

バラードスポーツCR-X(1984年)。これも高校の同級生が当時絶賛していたなぁ。ちょっとセミリトラクタブルライトの蓋が欠品している?

ダイハツタフト(1977年)。ワタシの記憶の中では、中学2年の時に、実物を1回見たことがあるだけ。トヨタブリザードとは兄弟車だったかしら?

フェアレディZ432(1970年)。これ、2シーターの後部窓がいつ見てもカッコいい!Gノーズ付きの240ZGも好きでした。

マツダプレスト(1969年)。実はワタシ、比較的最近まで日産サニートラックの最終型と、顔の見分けがつきませんでした。

マツダロードペーサー(1975年)。これは実物を初めて見ました。子供の頃、じどうしゃずかんで見ただけ。

いすゞフローリアン(1979年)。これの丸目4灯ってタクシーでよく使っていたような?

いすゞアスカ(1983年)。千昌夫さんが「今日からアスカ!」ってCMしていましたね。

いすゞピアッツア(1985年)。これの初期型が好きでした。マヨネーズみたいな格好で。プラモデルを作ったなぁ。

スバルレオーネ スイングバック(1981年)。元祖4駆ワゴンですね。今のレガシィの祖先。小学6年の担任が黄色に乗っていました。

ダイハツシャルマン(1979年)。本当にごく稀に見かけました。子供の頃は、まさかこのクルマがトヨタカローラと姉妹関係にあるとは知らず…。

ダイハツシャレード(1979年)。通っていたスイミングスクールの送迎バスのおっちゃんが乗っていました。丸い後部窓を水族館窓と呼んでいました。

トヨタコロナマークII(1980年)。車幅灯が長方形になった後期型。これの2ドアHTの2600グランデのダークグリーンが好きでした。

日産スカイライン(1977年)。叔父がこれの2ドアHT2000GT-EXに乗っていました。何故か3A/Tでした。そういえばテールランプが丸くない1800のTiなんてのもあったなぁ…。

日産スカイライン(1984年)。当時妹が、この鉄仮面になる前のRSを気に入っていたようで、プラモデルを造らされました。

トヨタクラウン(1973年)。歴代のクラウンの中でも、この『クジラ』の後期型が一番好きかも。自動変速機を『トヨグライド』と呼んでいたのが懐かしい。

トヨタクラウン(1983年)。1G-GE搭載の2000ロイヤルサルーン。オプションのSタイプパッケージが付いてる!ちなみにこの型の特別仕様車が『アスリート』を名乗っていましたね。

トヨタトヨエース(1973年)。幼少の頃、近所のスジャータの工場に、このトヨエースがたくさんいました。

最後はトヨタセリカ(1974年)。父はこの型のセリカにも乗っていました。排ガス対策前と後の2台をのりましたが、対策後のセリカは走りが悪くて気に入っていなかったのが、当時幼稚園児のワタシにもわかりました。

本当はもっともっとご紹介したいのですが、書く人も読む人も大変なので、これにて打ち止め!
その後は 金沢 の 近江町市場 に移動して晩ごはん。
その前に魚屋さんで能登産の 岩牡蠣。先日の福知山の岩牡蠣より濃厚で、磯の味も濃くて美味しい!

で、刺身屋 という居酒屋風の料理屋に入ります。


ホタルイカの沖漬け と 刺身屋海鮮丼 をいただきました。


帰りは北陸道・名神を経由し、ちょうど3時間で名古屋に帰着。


総走行距離は629km、平均燃費は12.0km/Lでした。
雨上がりの夜間の高速走行だったので、エブリイワゴンのフロントには虫がビッシリこびりついてしまい、洗車が大変でした。

東海北陸道を走り、ひるがの高原SAで ケイちゃんそば の昼食。


小矢部から北陸道に入り、日本自動車博物館 に到着。

3階建てのこの博物館、約12000㎡に約500台の車両が展示されているそうです。あまりに数が多いので、ややギュウギュウ詰めの印象。















その中でも、ワタシが興味を抱いたネオクラシックな日本車をいくつかご紹介。
といいつつ、最初に旧東ドイツの トラバント を。1990年頃まで生産されていたはず。段ボール自動車と言われるけど、本当はFRPらしい。

では始めます。一番のお気に入り、初代トヨタセリカXX(1978年)。ワタシが幼少の頃、父が乗っていたクルマです。色々な思い出が蘇ります。



三菱ギャランΛ(1979年)。確かナメクジのような1本スポークのステアリングだったはず。

トヨタクレスタ(1980年)。山崎努さんのCMが渋かった。

日産ブルーバード(1980年)。赤いSSSターボのプラモデルを作ったなぁ。

日産ブルーバードマキシマ(1987年)。V6ターボの速いセダン。高校の同級生が当時絶賛していました。

日産レパード(1985年)。1800~3000までのワイドバリエーションがすぎて、コンセプトが曖昧になりパッとしなかった。確か加山雄三さんのCMだったはず。

トヨタソアラ(1981年)。このクルマから日本車の近代化が進みましたね。これは2800GTエクストラですが、アルミホイールが何故かエクストラ用ではない。
隣はトヨタスターレット(1982年)。最後の後輪駆動世代。ハッピーチョイス!CMが懐かしい。

トヨタスターレット(1988年)。電光石火のかっとびだ!のターボ車。

バラードスポーツCR-X(1984年)。これも高校の同級生が当時絶賛していたなぁ。ちょっとセミリトラクタブルライトの蓋が欠品している?

ダイハツタフト(1977年)。ワタシの記憶の中では、中学2年の時に、実物を1回見たことがあるだけ。トヨタブリザードとは兄弟車だったかしら?

フェアレディZ432(1970年)。これ、2シーターの後部窓がいつ見てもカッコいい!Gノーズ付きの240ZGも好きでした。

マツダプレスト(1969年)。実はワタシ、比較的最近まで日産サニートラックの最終型と、顔の見分けがつきませんでした。

マツダロードペーサー(1975年)。これは実物を初めて見ました。子供の頃、じどうしゃずかんで見ただけ。

いすゞフローリアン(1979年)。これの丸目4灯ってタクシーでよく使っていたような?

いすゞアスカ(1983年)。千昌夫さんが「今日からアスカ!」ってCMしていましたね。

いすゞピアッツア(1985年)。これの初期型が好きでした。マヨネーズみたいな格好で。プラモデルを作ったなぁ。

スバルレオーネ スイングバック(1981年)。元祖4駆ワゴンですね。今のレガシィの祖先。小学6年の担任が黄色に乗っていました。

ダイハツシャルマン(1979年)。本当にごく稀に見かけました。子供の頃は、まさかこのクルマがトヨタカローラと姉妹関係にあるとは知らず…。

ダイハツシャレード(1979年)。通っていたスイミングスクールの送迎バスのおっちゃんが乗っていました。丸い後部窓を水族館窓と呼んでいました。

トヨタコロナマークII(1980年)。車幅灯が長方形になった後期型。これの2ドアHTの2600グランデのダークグリーンが好きでした。

日産スカイライン(1977年)。叔父がこれの2ドアHT2000GT-EXに乗っていました。何故か3A/Tでした。そういえばテールランプが丸くない1800のTiなんてのもあったなぁ…。

日産スカイライン(1984年)。当時妹が、この鉄仮面になる前のRSを気に入っていたようで、プラモデルを造らされました。

トヨタクラウン(1973年)。歴代のクラウンの中でも、この『クジラ』の後期型が一番好きかも。自動変速機を『トヨグライド』と呼んでいたのが懐かしい。

トヨタクラウン(1983年)。1G-GE搭載の2000ロイヤルサルーン。オプションのSタイプパッケージが付いてる!ちなみにこの型の特別仕様車が『アスリート』を名乗っていましたね。

トヨタトヨエース(1973年)。幼少の頃、近所のスジャータの工場に、このトヨエースがたくさんいました。

最後はトヨタセリカ(1974年)。父はこの型のセリカにも乗っていました。排ガス対策前と後の2台をのりましたが、対策後のセリカは走りが悪くて気に入っていなかったのが、当時幼稚園児のワタシにもわかりました。

本当はもっともっとご紹介したいのですが、書く人も読む人も大変なので、これにて打ち止め!
その後は 金沢 の 近江町市場 に移動して晩ごはん。
その前に魚屋さんで能登産の 岩牡蠣。先日の福知山の岩牡蠣より濃厚で、磯の味も濃くて美味しい!

で、刺身屋 という居酒屋風の料理屋に入ります。


ホタルイカの沖漬け と 刺身屋海鮮丼 をいただきました。


帰りは北陸道・名神を経由し、ちょうど3時間で名古屋に帰着。


総走行距離は629km、平均燃費は12.0km/Lでした。
雨上がりの夜間の高速走行だったので、エブリイワゴンのフロントには虫がビッシリこびりついてしまい、洗車が大変でした。
2016年06月08日
2016年06月07日
デリカファンミーティング2016
6月5日、ふじてんスノーリゾート で開催された『デリカファンミーティング』に行ってきました。

朝5時半に lightbluem さんのお宅に集合し、水色の デリカD:5 に乗せてもらって出発。
新東名を経由して、9時頃には到着。
悪天候にもかかわらず、会場には200台を超えるデリカたちが集結!
(ナンバー画像処理していませんので、不都合があればご連絡下さい)


「デリカ以上のクルマはこの世に存在しない」と信じて疑わないワタシは、デリカに囲まれて半狂乱状態。
デリカの世代交代も進み、圧倒的に多いのはD:5。




このようなイベントに参加するデリカは、どれもオーナーの個性が表れるドレスアップされていて、同じ仕様のデリカはいません。

ハイリフトスタイルのスターワゴンとスペースギア。

1986年~1999年まで製造されたスターワゴン。デリカといえばこの形を連想する人も多いのでは?



今回のイベントで最古参と思われる角目4灯式スターワゴン(1987年式?)。

こちらはルーフを持ち上げると寝室が現れるポップアップ仕様のD:5。

200台以上のデリカの中から、ワタシのお気に入りをいくつか。
純正オプションをほぼ全数装着したスターワゴン。ワタシが初めて手に入れたのとソックリな仕様。

派手ではないけど華がある、とても美しいスペースギア。

いかにもデリカという顔つきのD:5。ガードバーの類は必須です。

その昔、スペースギアに設定のあった『ヴィーナス』を彷彿とさせるフェンダーとカラーリング、他車流用の純正アルミなどにセンスを感じるD:5。


デリカには珍しいOZのホイールを履く、ライトラリー仕様のD:5。

以前所属していたデリカのワンメイククラブの知人とも数年ぶりにお会いすることができ、懐かしさもひとしおでした。
帰りは北杜市白州にある、いつもの 麓ジェラート ち立ち寄り、ジェラート6種を食べくらべ。

手前のが lightbluemさん のデリカD:5。途中でちょっと運転させてもらい感涙…。

マンゴー&コシヒカリ。

ピスタチオ&チャイ。

チョコラータ&ティラミス。

帰る頃にはすっかり天気も回復。いつもの山並みが見えました。

こうして19時半には無事に帰着しましたが…。
やっぱりまたデリカが欲しい!

朝5時半に lightbluem さんのお宅に集合し、水色の デリカD:5 に乗せてもらって出発。
新東名を経由して、9時頃には到着。
悪天候にもかかわらず、会場には200台を超えるデリカたちが集結!
(ナンバー画像処理していませんので、不都合があればご連絡下さい)


「デリカ以上のクルマはこの世に存在しない」と信じて疑わないワタシは、デリカに囲まれて半狂乱状態。
デリカの世代交代も進み、圧倒的に多いのはD:5。




このようなイベントに参加するデリカは、どれもオーナーの個性が表れるドレスアップされていて、同じ仕様のデリカはいません。

ハイリフトスタイルのスターワゴンとスペースギア。

1986年~1999年まで製造されたスターワゴン。デリカといえばこの形を連想する人も多いのでは?



今回のイベントで最古参と思われる角目4灯式スターワゴン(1987年式?)。

こちらはルーフを持ち上げると寝室が現れるポップアップ仕様のD:5。

200台以上のデリカの中から、ワタシのお気に入りをいくつか。
純正オプションをほぼ全数装着したスターワゴン。ワタシが初めて手に入れたのとソックリな仕様。

派手ではないけど華がある、とても美しいスペースギア。

いかにもデリカという顔つきのD:5。ガードバーの類は必須です。

その昔、スペースギアに設定のあった『ヴィーナス』を彷彿とさせるフェンダーとカラーリング、他車流用の純正アルミなどにセンスを感じるD:5。


デリカには珍しいOZのホイールを履く、ライトラリー仕様のD:5。

以前所属していたデリカのワンメイククラブの知人とも数年ぶりにお会いすることができ、懐かしさもひとしおでした。
帰りは北杜市白州にある、いつもの 麓ジェラート ち立ち寄り、ジェラート6種を食べくらべ。

手前のが lightbluemさん のデリカD:5。途中でちょっと運転させてもらい感涙…。

マンゴー&コシヒカリ。

ピスタチオ&チャイ。

チョコラータ&ティラミス。

帰る頃にはすっかり天気も回復。いつもの山並みが見えました。

こうして19時半には無事に帰着しましたが…。
やっぱりまたデリカが欲しい!